「デス・ストランディング2」の感想です(ネタバレばっかり)

2026年4月30日木曜日

Diary Game デス・ストランディング2

t f B! P L

「デス・ストランディング2」をクリアしました!

今日の日記は、ネタバレ含みつつ、罵詈雑言を含みつつ、という内容になっているので、そういうのがイヤンな人は、せっかくアクセスしてくれたのに大変恐縮だけど、ここでグッバイだ!















そろそろ始めるぜー!

大丈夫かー!?

引き返せ!

今のは「ドラクエ3」っぽく言ってみたよ!



















さあ、もういいかな!

いきなり総括しちゃうけど、やっぱりコジマカントクは演出がヘタクソです!

ゲーム部分をカントクが作り、その他の部分は物語も設定もそのままでいいから、とにかく日常を描ける人や泣かせる演出ができる人が担当したらよかったと思います。

「1」は物語がめちゃくちゃかつ表現したいことがブレブレで様々な不満を持ちましたが、特にルーくんの扱いに強い不満がありました。

ルーくんが入ったカプセルは非常に頑丈だそうですが、サムさんは自分が地面をゴロンゴロン転がされたり、高いところから落っこちたり、銃弾がカプセルを直撃しても、カプセルを庇うような素振りや、カプセル内のルーくんを心配するような描写は、一切無かったんです。

本当に、ほんの1ミリもなかったんです。

サムさんて、ルーくんのことなんて、ちっとも気にしてないんですよ!

それなのに、ルーくんと一時的に離れた時に異様に寂しがるサムさんには違和感があったし、最後の最後に唐突かつ強引に用意された、ルーくんとの別れでは

さあ泣くがよい

と言われたような気がして

ふざけんじゃねえ

と思った次第なんです。
(しかも怒るタイミングがゲームの最後の最後なので後味が最悪)

「2」では、ルーくんラブなサムさんが描かれます。

そりゃそうですよ。

ツルツルでシワシワで比較的不気味な風貌の赤ん坊時代を過ぎて、髪の毛が生えて人間らしくなってきた赤ちゃんは超可愛いですもん、そりゃあ誰でもメロメロになりますよ。

でも、超序盤にルーくんが殺されてしまいます。

「2」はサムさんが絶望を乗り越えていく様子が描かれます。

彼が頑張る様子は「サムさん、がんば!」と素直に共感するし、協力したい!と思うのですが、サムさんがルーくんのルーツを知りたいと言い始めると、仲間の皆さまがあらゆる手段を使って調査してくださったので、色々なことが分かりました。

ていうか、分かってしまいました…。

  • ルーくんを殺したのは、前作でライバル関係だったヒッグス
  • サムさんは、ルーシーと結婚していた
  • ルーくんは、サムさんの実の子供かもしれない
  • ルーシーは、ニール・バナという男性と不倫していた
  • ルーくんは、ニールの子供かもしれない
  • ルーシーとニールは駆け落ちしようとするが失敗し、その際に発生したヴォイドアウトによって死亡
  • ルーくんは、ヒッグスに殺される直前、フラジャイルさんによって”あの世”な世界にワープしていた
  • フラジャイルさんは、”あの世”にいるニールにルーくんを託した
  • ニールは、”あの世”でルーくんを守り、育てていた
  • ”あの世”では時間の進み方が”この世”とは違うので、ルーくんは”あの世”でグングン育った
  • トゥモロウちゃんは、”あの世”でグングン育ったルーくんだった(朗報)

ドクロ兵隊を呼び出してはカッコつけ、襲いかかってきてはサムさんに連敗する、この間抜け野郎は”この世”では不倫野郎だったわけですよ。

不倫野郎がカッコつけやがって。

そしてこのヒッグスは「敵だけど憎めないキャラでしょ?」みたいなツラしてるけど、前作ではフラジャイルさんにひどいことして(すげえエグいことしてます)、今作ではルーくんを殺したやつですからね?(結果的に生きてたけど)

女性や赤ん坊を平気で殺すやつですからね?

憎めないキャラ設定なんてとんでもねえです。

ボクは、割と真面目に

コイツ、頭部を破裂させて死なないかな

と思っていたので、コイツの最期は納得していません。

あの後、半分消化されたドロドロの姿でウンコまみれで登場し、たまたま転がってきた、なんの変哲もない岩に頭を潰されて死んでたら多少は満足できたかもしれません。

…でね?

どうして

トゥモロウちゃん、キミ、ルーだったんか!

または

ルーが生きていてくれてよかった!

とか、

サムさんといると、不思議に温かい気持ちになってたの!

みたいなのがないの!?

このゲームって、
そこを描きたかったんじゃないの!?

配送中にシャレオツな楽曲を流すようなゲームですよ。

ああ雰囲気いいね、と思う時もあれば、眠たい曲を流しやがって、と思う時もありましたが、やりたいことは伝わってきました。

「デス・ストランディング1」はお芸術な雰囲気で仕上げたいっす、というのは、まあ世界観に合ってるかもね、と思いました。
だから、お芸術な雰囲気を維持するために”お涙頂戴”なのはできるだけさらっと表現したいっす、というのは2億歩くらい譲歩して、かろうじて理解できますよ。

でも「デス・ストランディング2」は、物語が進むほど「敵を破壊せよ!」になっていき、戦闘に勝たなくては先に進めない、お芸術なゲームからかけ離れていくんですよ!これはもう、普通のゲームなんです!

それなら、”お涙頂戴”は、
こってりとベッタベタにやんなくちゃ!

フラジャイルさんは、ヒッグスに襲われた際に実は殺されていたんです。

自分の命をかけてルーくんをワープさせ、自分は死んでしまっていたわけです。最後の最後までは生きていましたが、最後は力尽きました。
正直、なんだかよく分からない理由で生きていたわけですが、そんなのどうでもいいです。

彼女との別れのシーンはそれなりにこってりしてたんです。

最後まで尽くしてくれた人だったなあ…としんみりしたんですよ。

つまり、死別みたいな分かりやすい状況は描けてるけど、普通に生活していて誰もが抱くような、自分の身の回りに広がる世界への愛情みたいなのが圧倒的に描けていないんです。

「風が気持ちいいけど、これから雨が降るかも?」とか「芽が出てきて春が近いねー」とか「散歩に出るとよく会うたけしくん、サッカークラブに入ったんだって」みたいな、日常的というか、世界に対する愛情というか、日常的な愛情の積み重ねというか、そういうものを描ける人が「デス・ストランディング」シリーズを作っていたら、全然違ったものになっただろうし、ゲーム史に燦然と輝く超絶ウルトラスーパー名作になったんじゃないかな、と思います。

ゲーム自体はとても面白かったんです。

配達先の人に喜ばれ、ツールを身につけて配達を便利にしたり、道路やレールを作って世界の景観がガラリと変わったりするのは「1」の正当進化という感じで、非常に楽しかったです。
また、戦闘シーンも、敵に知性は感じられなかったけれど、操作性や射撃してる感覚はとても良くて面白かったです。

でも、物語部分は完全に前作ありきだったし、意味不明な描写がちょいちょい挟まれるのはインディー的な感じを出したかったのかもしれませんが、「インディーな作品として見てください」と言っているように感じたというよりは、面と向かってガッツリ言われたような感じがあって、ボク的にはほとんど響かないどころか、「けっ、そうはいくか」と思ってしまいました。(アンチだから)

あと、カントクってタバコも吸わないし、吸ったことない人なんじゃないかな?と思いました。

でも、タバコはカッコいい、みたいな。

ニールが「ディア・ハンター」のデ・ニーロみたいでカッコいいとか、タバコを吸うキャラって大人っぽくてカッコいい、みたいな、なんか童貞っぽいというか、厨二病っぽさがプンプンしてるんです。
せっかくカッコいいのにハリボテなのが丸見えになっちゃってるというか…。

”ゲームの”根幹となる部分は非常に高水準だけど、厨二病丸出しな物語や設定に耐性のある人や、面白がれる人は大丈夫、というゲームです。

そういう意味で、

ゲームは面白いけど、誰にもオススメしない

ゲームでございました。


…超絶どうでもいい話ですが、ルーくん=トゥモロウちゃんということは、ルーくんは女の子であり、ルーちゃんだったんだね!男の子だと思ってましたー。てへへ。

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